アメリカで主流の30年固定住宅ローン金利は、今年も6%台で推移しています。日本で主流の変動金利がようやく1%前後まで上がってきた時代に、6%を超える金利でローンを組む。それでもアメリカ人は家を買い続け、持ち家率は65%を超えています。「金利が下がったら買おう」と待つ人は少数派。
私はこの事実をずっと不思議に思っていました。不動産業に40年近く携わってきた身として、金利と購買意欲の相関は体感的に理解しているつもりです。金利が上がれば買い控えが起きる。日本ではそれが普通の反応です。
では、なぜそれでも家を買うのか。
その問いを突き詰めていくと、東京都心の中古マンション市場のあり方と、不動産を買う行為の本質について、改めて考え直さなければならないところに辿り着きました。
「家と結婚して、金利とは付き合うだけでいい」
アメリカの不動産業界には、こんな言葉があります。
“Marry the house, date the rate.”
家とは結婚しろ。金利とは、ただ付き合うだけでいい。
意味するところは明快で、気に入った家は今すぐ買う。金利はいずれ下がったときに借り換え(リファイナンス)すればいい。物件との縁は一期一会で、金利は後から変えられる。だから金利の高さを理由に買い控えをするのは合理的ではない、という発想だ。
これは楽観主義でも無謀でもなく、インフレが常態化する社会に生きる人間の、ごく自然な合理的判断です。
アメリカでは家賃は毎年上がり、2%、3%、ときには5%も上がる年がある。固定金利のローンを組んで家を買えば、毎月の返済額だけは変わることがありません。インフレが進むほど、固定されたローン返済は相対的に軽くなっていく。「高い金利でも買う」という判断は、実は「上がり続ける家賃リスクを回避する」という防御の論理だったのです。
そして、これはアメリカだけの話ではありません。日本でも、かつて同じことがありました。バブル期前後、住宅ローンの変動金利は7〜8%に達していました。それでも人々は家を買い続けたのです。
実際に私もそうでした。
購入した時期は、固定金利の方が変動よりも低い時代。住宅金融公庫(今でいうフラット35)を利用するのが一般的で、金利は5%台でした。
「夢のマイホーム」という言葉が、そのまま購買動機だった時代。金利の高さは、その夢の前では大した障壁にならなかった。あの世代が買ったのは、資産でも投資でもなく、「家族が住む場所」でした。
金利が7%でも8%でも、そこに住む理由があれば人は買う。アメリカ人が今もそれを実践しているのは、実は日本人がかつてやっていたことと同じなのです。
「家賃は消える。ローンは残る」という思想
欧米の購入者に共通するもう一つの視点が、エクイティという概念。エクイティとは、ざっくり言えば「家の価値のうち、自分が本当に所有している部分」のことである。
ローンを毎月返済するたびに、銀行への借金が減り、自分の持分が増えていく。家賃を払っても何も残らないが、ローンを払えば資産の持分が積み上がっていく。この差が、欧米の人々に「賃貸より購入」を選ばせる根本的な動機になっています。
ドイツは例外で、借家人の権利が法律で強く守られているために賃貸文化が発達し、持ち家率は約50%と先進国最低水準だ。フランスやイギリスでは不動産を「世代を超えた家族の資産」として捉える傾向が強い。アプローチは国によって異なりますが、根底にある問いは共通している。
それは、「お金を払い続けて、何が手元に残るか」という問いだ。
日本では長くデフレが続いたため、現金を持っていることが安全の証明でした。家賃を払いながらも、現金が目減りしない時代。でもその前提は、今静かに崩れ始めています。
日本の地方でも、家は「プレイス」として買われてきた
アメリカだけではありません。目を国内に転じても、同じ構造が見えてきます。
富山県は全国でも指折りの持ち家率を誇る。家賃水準が決して高くないにもかかわらず、だ。ではなぜ買うのか。
三世代同居が当たり前の文化があり、賃貸物件では物理的に対応できない大きさの家が必要になる。土地が安く、庭付き・駐車場複数台の一戸建てが現実的な価格で手に入る。そして「家を建てる」ことが、家族を持つことの完成形として文化的に根づいている。
値上がりを期待して買っているわけではなく、「ここで家族が暮らす」という事実を、家という形で固定しているのです。
こうした地方の購入者に共通するのは、買う前に「住む理由」がすでにそこにある、ということ。
エリアへの愛着、家族との関係、地域への帰属意識。不動産はその意志を物理的に表現するための手段に過ぎません。
不動産をプレイス(居場所)として買う、という行為の最も純粋な形が、実は日本の地方にずっとあった。アメリカ人がインフレへの防御として買い、地方の人が家族の形を作るために買う。動機は違えど、どちらも「住む理由」が先にある。
東京都心の中古マンション市場と、マネーゲームの時代
2013年以降、東京の中古マンション市場は大きく変貌した。金融緩和と外資の流入が重なり、都心の物件価格は10年で2倍近くになったエリアも珍しくない。「5年で売って利益を出す」「買った瞬間から資産が増え始める」という購入動機が、それ以前より格段に増えました。
これはあきらかにマネーゲームの様相。住むためというよりも、値上がりを取るための購入です。
価格の根拠は実際の需要より投資マネーの動向に引きずられ、市場は実需から少しずつ浮き上がっていったのです。
私はこの時代を振り返るとき、「マネー(投資)として見るか、プレイス(居場所)として見るか」という軸で整理します。マネーゲームの時代は、マネーの論理が圧倒的に優勢でした。プレイスとしての価値は後回しにされ、「どれだけ上がるか」だけが購入判断の中心に置かれていると感じることも。
誤解のないよう言っておくと、資産価値を気にして買うことは、まったく間違いではありません。不動産はその性質上、資産でもあり暮らしの器でもある。その両面を意識した購入は健全です。問題が起きるのは、値上がりの期待だけが先走り、「誰かがもっと高い値段で買ってくれる」という連鎖を前提にした購入が積み重なったときだ。
いつかその連鎖は止まる。最後に買った人が、誰かに高く売り渡すことができなくなる。マネーゲームには必ず終わりがある。
終わりの兆候は、すでに現れている
日本の住宅ローン金利は、2024年以降じわじわと上昇し続けた。2026年4月時点で変動金利(実質金利)は1%前後が主流となり、10年固定は2.5〜3%台が中心になっている。「金利のない時代」という前提が、静かに終わりを告げた。
都心の新築マンション価格はすでに一般的なサラリーマン世帯の購買力を大きく超えており、実需の買い手が届かない価格帯になった物件が増えている。外資の動向も変わりつつある。「まだ上がる」という確信が、市場全体で共有されなくなってきた。
これはいつか来ることが分かっていた変化だ。マネーゲームは永続しない。問題は、その後に何が残るかだ。
残るのは、ただ一つの問いだ
マネーゲームが終わった後の不動産市場で、最終的に残る問いはシンプルだ。
あなたはそこで、どれだけの時間を、どんなふうに暮らしたいですか。
アメリカ人が6%の金利でも買い続ける理由を突き詰めれば、結局ここに行き着きます。値上がりを期待しているわけではなく、「ここで暮らし続けるための固定費を固定したい」という意志です。インフレに賃貸コストを侵食されたくない。好きな場所に根を張りたい。家を買うとはそういうことだ、という原点に彼らは忠実でいる。
翻って日本を見ると、マネーゲームの時代は「住む理由」より「上がる理由」を先に考えさせてしまった。しかし今、その順序が問い直されようとしている。
資産価値は大切な要素。でも住んでいる時間そのものにも、価値がある。好きな街を歩く時間、気に入った部屋で過ごす朝、子どもが育っていく環境。これは数字には表れないが、確かにそこにある価値といえます。
深川で見てきた、暮らし先行の購入者たち
私が深川・門前仲町や清澄白河エリアで仕事をしていて気づくのは、この街で家を買う人の多くが、最初から「ここに住みたい」という動機を持っているということだ。
もちろん資産価値をまったく気にしない人はほとんどいません。「この物件、価値は維持されますか」と聞かれることも多い。それは当然の問いだし、正直に答えるのが私の仕事だ。
ただ、この街で買う人の動機の中心は、資産より先に暮らしがある。富岡八幡宮のお祭りが好きで、この街の空気が好きで、できればずっとここにいたい。そういう気持ちが購入を後押しする。資産価値の確認は、その意志を正当化するための「答え合わせ」に近い。
マネーとしての価値は相場に左右されます。でもプレイスとしての価値は、そう簡単には目減りしません。門前仲町の賑わいも、運河沿いに続く風景も、気に入った個人店のカウンターも、相場が動いても変わらずそこにある。深川でプレイスとして家を買った人は、その価値を毎日受け取りながら暮らしているのです。
これは決して非合理なのではなく、むしろ、マネーゲームが終わった後の時代に、最も持続性のある購入動機だと思っています。値上がりを前提にした購入は、相場が変われば根拠を失う。でも「この街が好きだから」という理由は、相場が変わっても揺るぎません。
住んでいる時間は、買い直せない。だからこそ、どこで何年を過ごすかという選択に、人はもっと正直でいていいんだと思います。
問いを持って買う、という姿勢
世界を巡り、日本を巡って、結局辿り着く問いはひとつ。
家を買うことの意味は、市場の温度感によって揺さぶられやすい。上がっているときは「今が買い時」、下がっているときは「まだ待て」という声が飛び交う。そのノイズの中で、自分が何のために買うのかという問いを持ち続けることは、思った以上に難しい。
世界を見渡せば、インフレリスクへの防御として買う人がいる。家族の財産を次世代に残すために買う人がいる。そして「好きな街に根を張りたい」から買う人がいる。
どれも、値上がり期待だけを根拠にしていない。それぞれに「住む理由」が先にある。
マネーとしての不動産を追う人は、相場の変化に常に目を光らせなければならない。プレイスとしての不動産を選んだ人は、毎日の暮らしの中でその選択に報われていく。どちらを軸に置くかで、物件の探し方も、エリアの選び方も、まるで変わる。
マネーゲームは終わりを告げる。それは不動産が買えなくなるということではなく、「なぜ買うか」という問いがより正直に問われる時代になる、ということだと私は思っている。あなたの答えは、何ですか。
よくある質問
Q. 不動産のマネーゲームとはどういう意味ですか?
住むためではなく値上がり益を目的に不動産を売買する行為を指します。2013年以降の都心中古マンション市場では、実際の暮らしの需要とは乖離した価格上昇が続きました。購入者の動機が「住む」より「上がる」に傾いていた時代のことです。
Q. アメリカ人は金利が高くても家を買うのはなぜですか?
インフレが常態のアメリカでは、家賃は毎年上がり続けます。一方、固定金利ローンの返済額は変わりません。ローンを返すたびに自分の持分(エクイティ)が蓄積される点も大きく、「賃貸は消える、ローンは残る」という考え方が根強くあります。
Q. マネーゲームが終わった後、何を基準に家を買えばいいですか?
「そこで何年、どんなふうに暮らしたいか」という問いに戻ることだと思います。資産価値は大切ですが、住んでいる時間そのものにも価値があります。好きな街に根を張ること、日々の暮らしの質を上げること。それを主軸に置いた購入判断が本質的だと感じています。
Q. 深川・清澄白河エリアの中古マンションに資産価値はありますか?
東京都心へのアクセスの良さ、再開発の進行、独特の文化的な街の魅力から、中長期的に安定した需要が見込まれるエリアです。ただし、実際にここで暮らしたいという動機がある方が、長期的な満足度は高いケースがほとんどです。暮らしが先にあってこそ、資産価値もついてくると考えています。
この記事を書いた人
柴田光治
株式会社トラストリー 代表取締役 深川エリアを拠点に不動産仲介とリノベーションを手がける。不動産・建設業に携わって約40年。深川くらし(f-kurashi.tokyo)を通じて、この街の暮らしと不動産にまつわる情報を発信している。



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